はじめての労務管理:労働条件の『最低基準』という考え方と就業規則・労働契約の関係
- Takashi Fukunaga
- 3 時間前
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固定残業代や労働時間、年休など個別テーマに入る前提として、「そもそも労働基準法は会社に何を求めているのか」「就業規則や労働契約とどう関係するのか」を押さえておくと、実務判断がしやすくなります。
まず、労働基準法は「労働条件の最低基準」を定める法律である、という位置づけが大前提になります。
最低基準というのは、労使がどのような合意をしていても、ここより悪い条件にはできない、という“土台”のラインです。
したがって、例えば法定労働時間を超える所定労働時間を労働契約書で定めたり、最低賃金を下回る賃金額を合意しても、その部分は無効となり、法律上の基準で置き換えられます。
これを学説上「最低基準効」と呼び、強行的に法が優先するイメージで捉えると分かりやすいかと思います。
この最低基準効は、労働契約だけでなく、就業規則や労使協定にも同様に作用します。
例えば、就業規則で「所定労働時間は1日9時間、週45時間とする」と定めても、法定労働時間は1日8時間・週40時間ですので、超える部分は法定の時間外労働となり、36協定がなければ違法な時間外労働として扱われます。
合意しているから大丈夫、という発想はここでは通用せず、「基準を下回る(上回ってはならない限度を超える)定めは自動的に法律のラインに修正される」と理解していただく必要があります。
次に、労働基準法が適用される「労働者」の範囲について整理しておきます。
法上の労働者とは、名称にかかわらず、事業または事務所に使用され、賃金を支払われる者を指します。
正社員かアルバイトか、フルタイムかパートか、有期か無期か、といった形式ではなく、実態として使用者の指揮命令下で労務を提供し、その対価として賃金を受けているかどうかで判断されます。
外国人であっても、日本国内の事業場で働いている限り、原則として日本人と同様に労働基準法の適用を受けます。
これに対し、同居の親族だけを使用する事業や家事使用人、一部の公務員などは適用外となる場合がありますが、一般企業の従業員については「ほぼ全員」適用と考えて差し支えありません。
そのうえで、労務管理担当者として押さえておきたいのは、「労働条件を定める三層構造」です。
最下層に労働基準法等の強行規定による最低基準があり、その上に就業規則(および各種規程)、最上層に個々の労働契約があります。
就業規則は、常時10人以上の労働者を使用する事業場で作成・届出が義務付けられ、賃金・労働時間・休暇・退職・解雇事由など、会社としての統一ルールを定めるものです。
個々の労働契約は、この就業規則の枠内で、賃金額や勤務地等の具体的条件を当事者間で取り決めたものと位置づけられます。
いずれも、労働基準法の最低基準を下回ることはできず、下回る部分は無効となり法定基準で補われる、という構造になっています。
ここで重要なのは、「どちらが有利か」という視点です。
労働契約と就業規則の内容が異なる場合には、原則として労働者にとって有利な方が契約内容となります。
例えば、就業規則上は退職金が支給されると定めているのに、個別の労働契約書で「退職金なし」と記載していたとしても、一般論としては労働者に有利な就業規則の定め(退職金あり)が優先されることになります。
逆に、就業規則が法定基準と比べて不利な定めをしている場合、その部分は労働基準法により自動的に修正され、法定基準が適用されます。
したがって、労務管理の現場では、「法令」「就業規則」「個別契約」の三層を常に比較し、いずれの水準を下回っていないか、整合が取れているかを確認しながら運用していくことが求められます。
また、賃金や労働時間などの条件を見直す際には、「どこまでが合意で変えられるか」という視点も重要です。
民法・労働契約法の規律は、強行法規と任意法規が混在しており、最低基準に関する部分は当事者の合意で下回ることができませんが、それ以外の任意規定については、労使の合意により異なるルールを採用することも可能とされています。
例えば、ノーワーク・ノーペイの原則(働いていない時間の賃金は発生しないという考え方)は任意規定とされており、欠勤しても賃金を控除しない、といった会社側に有利な取扱いを合意により行うことは可能です。
一方、最低賃金、法定労働時間、休憩・休日、割増賃金、年休付与要件などは典型的な強行規定であり、合意で下回ることはできません。
ここを混同してしまうと、「就業規則で決めたから」「本人が同意しているから」といった理由で基準未満の運用を続けてしまうおそれがあります。
さらに、労働保険との関係についても、最低基準という発想が貫かれています。
労働保険とは、労災保険と雇用保険の総称であり、農林水産業の一部を除き、原則として労働者を1人でも雇用すれば適用対象となります。
これは事業主の意思によらず、事業開始と同時に当然に保険関係が成立する仕組みであり、保険関係成立届や年度更新の申告・納付は、その当然に成立した義務を形式的に確認する手続きに過ぎません。
未加入や届出漏れがあった場合には、さかのぼって保険料と追徴金を徴収されるほか、労災発生時には給付費用の一部又は全部が事業主に求償される可能性がありますので、「入るかどうかを選べる制度」ではないことを押さえておく必要があります。
労務管理担当者として日々ご覧になっている就業規則、雇用契約書、賃金規程、36協定などは、すべてこの「最低基準」のうえに積み上がる形で有効性が判断されます。
例えば、1日9時間・週45時間の所定労働時間を就業規則に定めると、実務上は「所定8時間+時間外1時間」が毎日の前提になり、その1時間分について36協定の締結と割増賃金の支払いが必要になります。
最低賃金を下回る時給を合意していた場合には、差額分の支払い義務が発生し、遡及請求の対象となります。
このように、法定基準を下回る定めは無効となり、法定基準へ自動修正される、という考え方を起点に、個々の制度設計や見直しを検討していくことが求められます。

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