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はじめての労務管理:最低基準を踏まえた「就業規則」と「労働契約書」の実務整理

  • Takashi Fukunaga
  • 4月21日
  • 読了時間: 6分

前回は、労働基準法が定める「最低基準」のうえに、就業規則と個々の労働契約が積み上がる三層構造、そして有利・不利の比較で適用内容が決まる、という骨格を整理しました。

本日は、その前提を踏まえて、実務でよく迷いやすいポイントを「就業規則」と「労働契約書(労働条件通知書)」に分けて整理してみます。

固定残業代や変形労働時間制など個別テーマを検討される際にも、ここでの押さえどころを頭に置いていただくと判断がしやすくなるはずです。


まず、「労働契約」と「就業規則」はどのような関係かを、もう少し法律面から確認します。

労働契約法は、労働契約に関する基本ルールを示しており、その目的は、個別紛争を未然に防ぎながら、労働者保護と雇用関係の安定を図ることにあります。

このなかで重要なのが、労働契約の原則と就業規則の位置づけです。

労働契約の原則としては、労使対等の原則、均衡考慮の原則、仕事と生活の調和への配慮、信義誠実の原則、権利濫用の禁止といった考え方が示されており、個々の契約や運用を考える際の「憲法」のような存在だと考えていただくとイメージしやすいかと思います。


労働契約そのものは、申込みと承諾という意思表示が合致すれば書面がなくても成立しますが、主要な労働条件については、労働基準法第15条により書面で明示する義務があります。

ここで出てくるのが、いわゆる労働条件通知書(多くの会社では雇用契約書を兼ねているもの)です。

明示すべき事項は、契約期間、就業場所・業務内容(とその変更の範囲)、始業終業時刻、時間外労働の有無、休憩・休日・休暇、賃金の決定・支払方法・締切日と支払日、退職(解雇事由を含む)などであり、これらが書かれていない書式を使っている場合には、形式的にも法令違反となる可能性があります。


ここで押さえておきたいのは、「雇用契約書は必須ではないが、労働条件通知書として明示する義務はある」という点です。

雇用契約書という名称自体は法律上の義務ではありませんが、実務上は、双方が署名押印した「雇用契約書兼労働条件通知書」としておくことで、合意内容の証拠性が高まり、後の紛争防止に役立ちます。


次に、就業規則との関係です。

就業規則は、会社側が一方的に定める職場ルールですが、労働契約法上は、一定の要件のもとで労働契約の内容として取り込まれる仕組みになっています。

とくに、不利益変更との関係は慎重な整理が必要です。

原則として、労働条件を不利益に変更する場合、労働者との合意が必要ですが、就業規則を変更し、その内容に合理性があり、かつ周知されていれば、個々の合意がなくても新しい就業規則どおりの労働条件が適用される場合があります。

このとき裁判所が見るのは、不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性、労働組合や従業員代表との交渉状況、手続の適正などの総合判断であり、「合理性」のハードルは決して低くありません。


このため、賃金制度や手当の廃止、所定労働時間の延長など、実務上インパクトの大きい変更を行うときには、①まず就業規則の変更案を作る、②労働者代表や組合と十分に協議し、説明・質疑の過程を記録に残す、③できる限り個別の同意を得る、④それでも合意が得られない場合に「合理性」でカバーできる範囲かどうかを検討する、という段階を踏むことが大切になります。

不利益変更の合意があったように見えても、実は自由な意思に基づかないと判断されて無効とされるケースもありますので、「合意書があるから安心」という発想だけでは不十分だと考えておかれた方が安全です。


一方で、会社に有利な変更であっても、それが労働者にとって不利益でない、あるいは有利な内容であれば、問題となることは多くありません。

例えば、ノーワーク・ノーペイ原則は民法・労契法上の任意規定であるため、「欠勤控除を行わない」「災害時に一定期間分の賃金を補償する」といった労働者に有利な取り扱いを就業規則や労働契約で定めることは自由です。

ただし、これを後から「支払わない方向に変える」場合には、不利益変更として前述の枠組みで検討しなければならない、という点を忘れないようにしていただく必要があります。


では、就業規則と個々の労働契約との関係を、実務でどう見ていけばよいかです。

前回も触れられていたとおり、「法令」「就業規則」「個別契約」の三層を上下関係で捉えつつ、同じレイヤー同士が食い違う場合は「労働者に有利な方」が適用される、というイメージが基本です。

典型例として、就業規則には退職金ありと書いてあるのに、個別契約書に退職金なしと書いてある場合、多くの場面で「退職金あり」が優先される方向で解釈されます。

このとき、最低基準の「自動修正」は関わっていませんが、「有利解釈」として規則の方をとる、という整理です。


逆に、就業規則の方が法定基準よりも不利な場合、例えば所定労働時間を1日9時間・週45時間と定めていたり、年次有給休暇の付与日数が法定未満であったりする場合には、その不利な部分は無効となり、法律の基準で自動的に置き換えられます。

ここでは「有利・不利」の前に、強行法規としての最低基準が優先してしまうイメージです。

会社が「本人が同意しているから」「就業規則で決めているから」と主張しても、その部分は法的に効力を持たず、差額賃金や未付与年休の請求といった形で後から一括して問題化します。


この構造を踏まえると、労務管理担当者として日々確認しておきたいのは、次の三点に整理できます。

第一に、自社の就業規則・賃金規程・各種協定が、「法定最低基準」を下回っていないかどうか。

残業代の計算方法、手当の定義、所定労働時間、休日・休暇の取り扱いなどを、法定要件と照らして点検しておくことが重要です。

第二に、その就業規則と、実際に交わしている労働条件通知書(雇用契約書)の内容に大きな齟齬がないか。

例えば、就業規則上は固定残業代がないのに、個別契約ではみなし残業をうたっている、といったケースは、後の紛争の火種になりやすい部分です。

第三に、同じ職種・雇用区分の中で、個々の契約条件が過度にばらついていないかどうか。

ばらつきが大きいと、均衡・均等待遇や説明義務の観点からも説明負担が重くなりますので、就業規則で枠を定めたうえで、その範囲内で個別条件を調整する、という考え方が望ましいと言えます。


最後に、前回触れられていた労働保険との関係について、最低基準の発想をもう一歩推し進めておきます。

労災保険・雇用保険は、労働者を一人でも雇用した時点で当然に適用となり、事業主が「入る・入らない」を選択できる制度ではありません。

これは、賃金や労働時間と同様、「一定のリスクや給付水準を社会全体で最低限保障する」という考え方に立脚していると理解できます。

未加入のまま事故が起これば、労災給付が一旦は保険から支給されても、その費用を事業主に求償される可能性がありますし、雇用保険についても遡及適用と追徴が行われます。

労働基準法上の最低基準遵守とあわせて、「労働保険の適用を前提にした賃金設計・就業規則設計」を行っていくことが、企業としてのリスク管理の出発点になります。

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